デイリーレポート



1/5(水)晴れ

 今日は、国内ウォーク中最大の難所、 中山道木曽路の清内路(せいないじ)峠越え。この峠を知ってる人は、皆、歩くなんてホンキですか!? と一様に驚く。冬は雪と氷に覆われる、厳しい峠道として有名な難所だからだ。朝7:00、妻籠宿入口にていつものようにモーニング・サークルをつくる。今日アメリカに帰るティムと、ビッグマウンテンでの再会を約束し、28人のウォーカーは出発する。幸いなことに天気に恵まれ、残雪もない。仮に吹雪にでもなったら、遭難?しかねない大変な峠だったので、ホッとする。

 ところがホッとしたのも最初の一瞬だけだった。スタートしてからずっと急な登り坂が、延々と続く。昨日までの4日間、パイプを持って先導してくれたティムに代わって、今日は鎌倉から来ているサンダンサーの永井がパイプを持ってくれたのだが、この永井の足の速いこと、速いこと。大股でスタスタとこの登り坂を登るものだから、後ろからついていくウォーカー達は、息を切らし、汗だくになり、それでも離されるので、走って追いかける。昨晩のミーティングもあって、パイプから離されまいと、皆の気合いが違う。まるで箱根駅伝のような、ものすごいウォークとなる。

 この永井のサクリファイス(身を捧げる)には頭が下がる。彼は1/1から断食中である。それなのにこの脚力と持久力。まるで馬のよう。恐るべき断食パワー、祈りのパワーである。必死で皆がパイプを追いかける。おかげでウォーク中、隣と雑談する余裕などない。余計なことを考えることすらできない。頭の中はすっかりカラッポ。ただ「今」を歩いているだけ。歩いている自分がいるだけ。

 しかし黙って歩いていると徐々にパワーダウンしていく。こんな時はインディアン・ソングは息切れして歌いづらい。やはり、うちわ太鼓に合わせて足を運び、南無妙法蓮華経を唱えるのが一番力になる。皆がきつくなってきた時、誰かが気合いを入れるようにマントラを高らかに唱えると、何とか持ちこたえられる。一人一人の意識がマントラに乗り、意識がシンクロしだす。いつの間にか、ワン・ハート、ワン・マインド、ワン・プレイヤー状態に入っている。歩くスウェットロッジって感じ。疲れがひどくなるほど、意識の結びつきが強くなり、一緒になって乗り越えようとする。何とも得難い体験をさせてもらった。

 標高1,192mの峠を抜けたところで昼食をとる。後は下り坂。足への負担は大きいが、気は幾分楽になった。皆いい笑顔だ。車で伴走してくれたヒラメさんが言う。「もっとゆっくり気楽に歩けばいいものを、足を引きずりながらも、皆が黙々と懸命にひとつになって歩き続ける姿を見て、何でここまでやるのだろうと思う反面 、その姿を見て何度も涙が溢れ出てきた。」と。 僕らは峠越えのドラマを演じているだけなのだろうか。いや、それだけではないはずだ。昨日の気づきを、今日ひとつになることで乗り越えることが出来たと思う。サクリファイスしている永井の体を通 じて、パイプは我々にかけがえのない体験をもたらしてくれたと思う。

 陽が出ている内に到着できるかどうか、なんて言っていたのに、16:00前には今日の宿泊地、昼神温泉寿楽苑に到着した。今までで最も長い約30kmを、最も速く歩いたことになる。しかも一日中、ずっと険しい峠越えだった。一人のリタイヤも出ず、みんなよくやったと思う。今日のウォークは、きっと後々語り草になることだろう。

 夜のミーティング中、突然沢村さんが登場した。両杖をつきながら世界中を旅してきた元祖トラベラーで、今でもその旅人の姿勢は一貫して変わらない、口うるさい長老であるが、心配して駆けつけてくれた。長崎・五島列島からも昨晩、20代前半の若い旅人が駆けつけてくれた。彼は自分で釣ってさばいた魚を手みやげで持ってきてくれたが、この揚げ物がまたバツグンだった。ホント、毎日の食事の充実ぶりはスゴイです。それと、アフリカの2000年前の大木ブビンガを使って、60mの巨大な数珠をつくり平和活動している葬儀屋の林さんが、ぜひビッグマウンテンのおばあちゃんに届けて欲しいと、同じ木でつくった首から掛けられる数珠を何本も持ってきてくれ、従業員の人が今日のウォークに参加してくれた。峠越えの休憩では、木工芸品を販売する小椋商店さんにお茶とお菓子と美味しい干し柿をご馳走になった。 毎日様々な人に出会い、お世話になり、ウォークを続けている。皆さん、本当にありがとうございます。

[文責:あきお]