1/2 曇り
昨夜、神戸の元気村より若い7名の男女が合流し、今日のみではあるがウォークするために駆けつけてくれた。元気村でも新たに独自のビッグマウンテンのサポートプロジェクトを立ち上げたとのこと。ローカルな環境破壊や民族文化の破壊ということを超えた、大地と聖地を守る象徴として、ビッグマウンテン問題を広い視野でとらえているのだという。アメリカにも3名が行く予定だということ。心強い援軍現る。
今日のウォークは8:30、小坂町出発。昨日は岐阜県警の刑事さん2名と公安とおぼしき人が1名、終日遠まきに同行してくれた。今日は萩原署の刑事さんが、遠まきに車で同行した。明日は中津川署が同行するという。元旦早々ご苦労様です。
参加者は大人30名、子供1名、犬1匹。メス犬のひよちゃんは後ろ脚が悪くて、車椅子に乗っている。前足だけでゴロゴロとタイヤを転がして、昨日の初日から参加してくれている。とってもシャイで、カメラを向けると列の後ろに恥ずかしそうに引き下がってしまうところが、なんともかわいい。
歩くスピードは時速5〜6キロ。大体1時間半に1回トイレ休憩を挟むペースだが、思った以上に前に進めている。一日に30キロ前後の徒歩移動は無理なく可能である。日本は狭いし、まだまだ美しい山河が多いし、お遍路さん以外にも昔の人のように歩く旅も見直されればいいと思う。日本中のあっちこっちを多くの旅人がゆっくりと歩いていたのに、今やみんなビジネスマンになって時間に追われて、排気ガスを撒き散らして、観光旅行っていう名のお金ばかり使う旅をしている。でも二本の足で旅をすると、人との出会いが、自然との触れ合いが全く違ってくる。それまで見えなかったものが、違う角度で見えてくる。そのひとつがゴミ。おそらく車からのポイ捨てだろう。空き缶
や袋菓子などのビニール、ペットボトルのゴミが目立つし、特に山道になるといきなり増える。人が見てないから捨てるのだろうか。町が出したゴミなんだから、捨てるなら町中に捨てろって。山にとっちゃいい迷惑だよ。それに歩行の邪魔だ。誰ともなく歩きながら拾い始め、気がつけば何人もがゴミ袋片手に歩いている。あっという間に袋に一杯になる。ほんとにもう、しょうがないねぇ。でも、歩いたところがきれいになっていくなんて、新年早々とっても気持ちいい。
ウォークはただだらだら歩いているとすぐ疲れてくるが、一歩一歩に、体の隅々に気を配りながら歩くと、自然と背筋が伸びてくる。美しい景色が、山の香りが、呼吸と共にゆっくりと体に染み入ってくる。大地とそして宇宙と共にある感覚。まさに歩きながらの瞑想である。ほんとに気持ちいい。
歌を歌いながら歩くのも、とても気持ちいい。内田ボブさんは、ホ〜イホ〜イと声を出して、その声に小節がまわって歌になる。民謡や労働歌の原点ここにあり。一緒に声を出す者、自分の歌を口ずさむ者、隣を歩く人との会話が弾む者。時々山口ハルがインディアンのハンドドラムを叩いてインディアンのサンダンス・ソングを歌い出す。勇ましいインディアンの歌、力強いワンビートは、気持ちを奮い立たせてくれる。でも最初から最後まで鳴り続いているのは、やはり日本山妙法寺のうちわ太鼓だ。世界中で平和行進がある所では必ずと言っていいほどお太鼓が鳴り響いている。このワンビートに合わせて「南無妙法蓮華経」を唱えていると、各自のバイブレーションが真言と共に伝わり、真言の掛け合いがうねりとなり、ハイになってくる。疲れてしんどくなってきた時など、どれだけこのお題目に助けられたことか。
朝・昼食はコンビニの期限切れのおにぎりとサンドウィッチとお弁当。普段の年末年始と同じように仕入れたものの、Y2K対策で人の動きが少なく、大量
に余ったというもの。地元のサポーターが仲のいいコンビニからもらってきてくれた。
ランチ休憩に入る前に、休憩場所の河川敷公園の隣にあった南飛騨総鎮守の久津八幡宮(萩原町)に全員で参拝した。ところが行ってみてビックリ、なんと1600年前に、スクナを征伐した武振熊命が自分の父の応神天皇を祀ったのが、この神社の始めだというのだ。偶然入った神社ではあったが、これもスクナの導きであろうか。2000年の歴史の節目に、我々の先祖達が歩んだ道のりを、縄文と弥生を、先住民と支配民を、敵味方なく両方を見させられた感じである。境内には周囲12.5mという二株のとても大きな天然記念物の巨杉があった。この杉だけは、きっと静かに歴史を見つめてきたことであろう。
17:30、立ち寄りたい欲求を抑え下呂温泉を越えて、R257との分岐点先で終了。そこから車で移動し、
坂下町松源地(しょうげんぢ)公会堂に宿泊する。 本日の歩行キロ数、25km。
[文責:あきお]
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